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2020年12月5日

経済成長著しいカンボジア―農村で発見、日本人の活躍

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 「カンボジア」と聞いて思い浮かぶのはなんですか?巨大な寺院遺跡アンコールワットや東洋のパリと呼ばれたこともあるプノンペンが国際的な観光都市として発展を遂げています。私が初めてカンボジアを訪れたのは2008年でした。ASEAN15か国の中でもカンボジアは特に定点観測すると面白い国かもしれません。変幻自在なカンボジアを12年前の農村の様子から振り返ってみようと思います。

30年続いたクメールルージュの狂気

 30年続いた内戦を避けてカンボジアを語ることはできません。私が赴いた2008年は内戦の終結から10年が経過し、ようやく国の安定と経済成長が軌道に乗り出した時期でした。それでも、内戦の傷は深く、人口のほとんどが家族のうち誰かが犠牲になっているので、あまり話題に出さない方が良いと現地の方から教わりました(米軍の爆撃に始まり、共産主義勢力クメールルージュの支配下で、人口が3分の2に減ったとも言われます)。首都プノンペンにはクメールルージュ時代の収容所がトゥールスレン虐殺博物館として残されています。

東洋のパリ、プノンペンの急成長

 2008年のプノンペンはビル建設のラッシュが始まった頃でした。外国料理店の数がその国からのビジネスマンの数に比例すると仮定すると、中国>韓国>タイ>ベトナムという順番だったと思います。当時の駐在日本人は政府や援助関係者がほとんどで、日本人は5,600人くらいだったように記憶しています。ちなみに現在は、4000人近くの日本人がカンボジアに住んでいるようなので(外務省「海外在留邦人数調査統計(令和元年版)」)、隔世の感があります。今ではエキサイティングな観光都市になっていますが、当時はあまり出歩くところもなく、メコン川沿いをそぞろ歩きするのがオフの楽しみでした。

東南アジア最大の湖、トンレサップ湖

 実はカンボジアには琵琶湖の4倍の面積を誇る、東南アジア最大の湖があります。湖といっても水深は1~10mほどで乾季と雨季で大きく変化します。「地下深部に石油天然ガスが眠っているかもしれない」と言われて久しく、インドネシア・ベトナム・日本の石油会社が調査を行っていますが、未だ油田は見つかっていません。

 トンレサップ個がメコン川と接しているのが、コンポントム州です。この地はアンコールワットとプノンペンの中間地に当たり、交通の要所です。12年前私はこの地で眠るある日本人の記念碑を訪れたことがあります。

 内戦末期に中田厚仁さんは国連カンボジア暫定統治機構に勤めておられました。1993年はクメールルージュの抵抗が続く中、カンボジアで最初の議会選挙が行われようとしていました。中田さんはコンポントム州中の村々を回り、選挙の意味を説明したり、選挙人の登録を補助したり精力的に活動されていました。コンポントム州は暫定政府とクメールルージュの衝突が激しい地域の一つで、中田さんは自ら舵取りの難しい地域に立候補して任務に就かれていたようです。その最中、プラサットサンボ郡で銃弾に倒れられました。中田さんは次のような名言を残しています。

この世の中に
誰かがやらなければならないことがある時
僕はその”誰か”になりたい

 献身的な働きは地元の人々の記憶に深く刻まれているようです。1995年には、中田さんが活動していた地域が「ナカタアツヒト・コミューン(村)」として新たに成立しました。

ベトナム戦争の遺物、地雷と闘う人びと

 ベトナム戦争でインドシナ半島に米軍が落とした爆弾は第二次世界大戦で行われた全世界の空爆の量を上回るそうです。当時北ベトナム軍の補給路となっていたラオスとカンボジア北部ではベトナムを超える徹底的な空爆が行われました。その多くが不発弾として残り、30年間の内戦中に埋められた地雷と合わさってカンボジアの田舎に暗い影を落としています。私は12年前、北部のバッタンバン州の学校建設予定地を訪れました(下写真)。現金収入が限られている田舎では、爆弾の残骸を鉄屑として売って生計を立てる農民もいるようで、被害が減らない原因の一つとなっています。こうした地域では、建物を建てる際にカンボジア政府が地雷除去を行っており、日本のNGO(JMAS)や企業(日建コマツなど)も支援を行っているのですが、完全な解決には今世紀いっぱいかかるのではないでしょうか。AIや自動操縦の機器など現代のテクノロジーで地雷除去が加速することを願いたいです。

カンボジアの田舎飯

 田舎でなくても食べられるのですが、特に田舎で朝食べると最高に旨いのがこの汁ビーフン。店で注文すると「豚肉か鶏肉か」と必ず聞かれます。同時に注文したいのが甘ったるいコーヒー。カンボジア人とは、これをすすりながら、朝の打合せを行えば、仕事も格段に捗る(ハズです)。

 いかがですか?南部のシアヌークビルなどリゾート地が続々と作られ、カンボジアの田舎も年々変わってきている様子です。今回はASEANの成長株として注目されるカンボジアの12年前をご紹介しました。コロナウィルスが落ち着いたらのんびり1週間くらい旅行してみたいです。

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