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2020年12月18日

ウランバートル観光だけではもったいない、モンゴル‐大自然の中でゲル宿泊

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 近年、モンゴルの首都ウランバートルは目を見張るような発展ぶりです。成田-ウランバートルのモンゴル航空便にJALがコードシェアを開始し、ANAも成田からの直行便を検討するなど、コロナショックまでは日蒙は経済的な結びつきが急速に強まっていました。モンゴルはコロナウィルスの発祥地である中国と何千キロにわたる国境を接しているためにいち早く鎖国体制を敷き、現時点(2020年12月15日)で感染者は千人に満たず、死者はゼロという見事な感染対策を行っています。私は2017年の9月に会議でウランバートルとモンゴル南部のゴビ砂漠一帯を訪れました。個人的にはコロナ終息後、再訪したい国のナンバー1です。今日はモンゴルの魅力をたっぷりお届けします。

大発展、新生ウランバートルと遊牧民の不満

 ウランバートルは実は新しい街で、モンゴル帝国時代首都は大都(北京)とカラコルム(ウランバートル西方230キロ)にありました。清朝に外モンゴル(現在のモンゴル領土)の中心都市となり、1911年の辛亥革命時の独立宣言、その後ソ連の支援を受けたモンゴル人民共和国の成立から首都として、現在に至ります。ソ連崩壊を受けてモンゴルが社会主義から資本主義体制に移行してから、間もなく30年が経とうとしています。2001年から鉱業・不動産開発・観光業を基軸とした経済成長が続き、私が訪れた2017年には脅威的な17.29%というGDP成長率を記録しました。投資の大部分はモンゴルの人口の半分を抱えるウランバートルに流れ込んでいるのは、街に聳え立つ近代的なビルからも予想できます。一方で、伝統的な遊牧生活を送る人々は経済成長の恩恵を感じていない面もあり、2019年から政権批判のデモが頻発しているようです。

近代的なビルが次々と建設されるウランバートル中心部
地元民に人気のストリートフード
栄養たっぷりの朝食は300円ほど
本屋で平積みされる日本語教科書。朝青龍や白鳳の活躍もあり、若者の日本熱はアツい。

遊牧民の生活とゲル宿泊体験

 参加予定の会議まで2日間あったので、ゲル宿泊体験ツアーに参加しました。場所が売る覚えなのですが、テレルジ国立公園から1~2時間ほど北東に行ったところでした。テレルジ国立公園はウランバートルから1時間という便の良さから、週末になると沢山のウランバートル市民がアウトドアライフを楽しみにやってきます。国立公園の一歩外を出ると、放牧地で遊牧民がノマドライフを送っています。よく見ると3,4のゲルが集まっています。これは数家族が共同して家畜の面倒を見ているためで、通常が親族で行動を共にするようです。夏の間はおおよそ月に一度家畜と共に移動し、冬は予め吹雪を避けられる場所を毎年確保するようです。必要に応じて木造の家畜小屋を作って、長い冬をしのぐそうです。私がお邪魔したご家庭は2家族が2つのゲルで生活してらっしゃいました。奥さんと旦那さんに子供が4人、うち3人の子供は学校に通っていて家にいませんでした。モンゴルでは、小学校から寮生活になるようです。たまたまお邪魔したのが週末だったので、夕方一番近い街の小学校に通っている三男が帰ってきました。いつも家でひとりで遊んでいる四男は、よっぽど兄貴の帰宅が嬉しかったのでしょうか、三男が帰ってくるなりモンゴル相撲を始めて、日が暮れるまで遊んでいました。モンゴルでは政府の政策の有無に関わらず、定住化傾向が進んでいるようで、私がお邪魔した家族も、将来遊牧生活を送るのは4人の子供のうち1人いるかいないかと言ったところかもしれません。

ウランバートル郊外では、9月に入ると紅葉が始まる
一般的なサイズのゲル。四男は珍しい客とカメラに興味津々。
久しぶりに帰ってきた三男(右)と暗くなるまで相撲の稽古する四男(左)

 次回はゴビ砂漠とモンゴル料理・お酒の紹介をしたいと思います。

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